読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

tecchan’s blog

PS4 PSvita 洋楽 音楽管理 映画 について書きます

チェスの世界チャンピオン ボビー・フィッシャー

www.amazon.co.jp

f:id:tecchan_1993:20160108132214j:plain

 

チェスにはまり いつの間にかチェスの本でパターンを

膨大に考え出し

食事中もチェスを離さず 凝りだし

急に若い青年「フィッシャー」が世界から注目されだす所からスタートします。

 

最初はよくある勝負師に孤高な印象でした。

多数のカメラの前で 眉間にしわが寄り

プライドというよりは 疑心案疑になり 不器用さが

かなり伝わってきました(当時のリアル映像)

 

そして 世界選手権では

チェス界やこれからの情勢を考え

周りの関係者には

何が何でも大会には出場してほしいという大人の都合が渦巻く中

フィッシャー本人は破棄するつもり満々でした。 

 

多分ここの描かれ方も 非常に身勝手な男で プレイヤーとして失格

と感じた方や

傲慢な子供らしい態度にも映る方々もたくさん居たでしょう。

 

本番でかなりの時間、空席にして

 

フィッシャーは途中から戻ります。

 

最初にチェスを指す位置も重要らしく

中継で「これは重大なミス。何か作戦的なものなのか」

とみられましたが

 

フィッシャーにしては珍しい初歩的なミスだったのです。

 

途中、フィッシャーはカメラを止めてくれ 気が散ると言い

捨て台詞かと思いきや

 フィッシャーは実は 知覚過敏(おそらく統合失調症なども)があり

 シャッターや大勢の前や雑音が大の苦手だったのです。

 

途中から 本人たちには ばれない第2カメラで

 

連盟はOKし 

 

フィッシャーは無事に勝利を勝ち取れました。

 

勝利したものの フィッシャーをよく知る支援者なども

幸福な気分より 先がだいぶ苦しいものになる、心配と 

ここでフィッシャーの人生を振り返る生身の

インタビューが出てきます。

 

 

大舞台で計画的に動くには

どうしても メディアの前では

いらいらした 無愛想な態度にみえてしまい

その場の感情が抑えられない体質だと

 

これは生涯かけて大損害を避けて通れないとても残酷な

流れだったのかもしれません。

 

時代はソ連の陰謀や アメリカVSロシアで加熱していることもあって

非常に緊迫した時代。

 

この気まぐれなフィッシャーの行動、奇行

これは チェスを極めていくには避けて通れないという事があり

 

フィッシャーの生まれたころからの体質なのを含め

チェスプレイヤー頂点特有の

 

常に疑心案疑になり 

常に頭で膨大な原子レベルで処理が行われていて

繋がりをリンクさせるのに 

頭の中では宇宙の恒星なようなものになっていて

日ごろから分裂気味な言動や 攻撃性にも

繋がる場合もあり

 

結果を残そうとして 周りが賞賛すればするほど

フィッシャーの極端さも肥大化していき

人間嫌いが悪化します。

 

歴代の偉大なチェスプレイヤーも だいたいが

当時で言う= 病気 精神疾患

らしいです。

 

これが日常でもリンクして切り離せない

 こういうものが日常でリンクしてしまうからこその

勝負強さであり

 

引退後の老年期に向けても 険しい道のりです。

 

そしてここからの老年期の謎の失踪事件も濃く描かれていて

是非DVDやWIKIや歴史背景なども知ると面白いです。

 

 

最近の日本人の記憶は これなのではないでしょうか。

引用

2004年7月14日、成田空港からフィリピンへ出国しようとしたところを入国管理法違反の疑いで東京入国管理局成田空港支局に収容された。フィッシャーが久しぶりに表の世界に登場したニュースが世界中を駆け巡った。同年8月、かねてより同棲していた渡井との結婚を宣言した(2000年来彼女の家で同居し事実婚とされた[1]法律婚はしなかった)。『タイムズ』の記者に対して、渡井は「ふたりは普通に生活している」と言い、フィッシャーは日本の生活に良く馴染んでいる、と言ったという[1]。そしてフィッシャーは、医薬品や医者に頼ってしまうよりも温泉で癒すほうを好む、自然な発想の持ち主だ、と渡井は語ったという[1]

 

ボビー・フィッシャー - Wikipedia

(もっと詳しくはこちらです)

フィッシャー特集

ボビー・フィッシャー 2/2 - YouTube

 

な感じで

引退から

 

フィッシャーは穏やかな おじいちゃんになったかとはいかず

 

どんどん妄想癖や疑心案疑が大きくなり(チェスに人生をかけた後遺症)

 

数少ない親友と話す時も

ソ連の陰○だ!」と30、40年前の話を繰り返し

 もうその過去の話やきわどいソ連の陰○疑惑みたいな話は

やめないかと

 

人格の方でも悪化が進み チェスの大栄光から一転

都合が良いメディアたちも 少しずつフィッシャーから

距離を置き

時は既に

ただの扱いづらいおじさんだったのです。

 

 

祖国アメリカには追放されたので

アイスランドの市民権を得て余生を送ります。

 

最後にドキュメンタリーDVDは賞賛や この方は愛されている

と美化され 誘導的なものがあるイメージもあって手を出さずにいました。

 

ですが

ソ連時代特有の空気や

 

これだけ好きで追いかけていたチェスに

 フィッシャーが 

勝つ一瞬だけの喜びより

 

人間嫌いや 精神的な苦しみ

その場での連盟なルール  

妥協しない姿勢から

どこか 納得できずに切り替えがうまくいかない

 住居もない 一人の部屋や カメラから離れた

所の生活など 地道な所を リアル映像を多用し

 美化や感動を一切狙わず

 

最後のセリフに 

年老いた

フィッシャーが「 なにかとバランスがとれたほうがよかったな」

最後に とても珍しい 穏やかな小さな笑顔が

とても儚かったですね...